東ヨーロッパの音楽と踊り


 


●東ヨーロッパ
 一口に東ヨーロッパの民族音楽といっても、
 歴史的に様々な異民族の影響を受けてきたこの地域の諸民族の音楽と舞踊に、
 共通性を見出すことは、必ずしも容易ではありません。
 しかし、西ヨーロッパとは、異なる地声による発声、輪舞を主とする舞踊、
 舞踊に用いられる民族衣装などに共通性も少なくはありません。
 また、東ヨーロッパの音楽には、ジプシー音楽の影響が大なり小なり見られ、
 これも特徴の一つとなっています。
 東ヨーロッパにおいて優勢なのはスラブ民族ですが、
 その他の印欧語を母語とする民族として、
 アルバニア人、ロマンス系のルーマニア人が居住するし、
 印欧語ではないフィン・ウゴール語を母語とするハンガリー人も
 東欧の諸民族の中では重要な位置を占めています。
 その音楽も、例えばスラブ人相互の民族的共通性と、系統は異なりますが、
 地域的に隣接した民族の共通性が微妙に交差しています。
 例えば、バルカン地方は、南スラブ人のほかに、
 アルバニア、ルーマニア、ギリシャなど、系統の異なる民族が隣接しあう地域ですが、
 14世紀以来5世紀にも及ぶ長い間のオスマン・トルコの支配の結果、
 微分音程や民族楽器などに共通性を見せています。
 同様に、カルパティア山地は、
 南ポーランド、東スロバキア、北西ルーマニア、西ウクライナなどの
 いくつかの民族の居住地にまたがって広がっており、
 牧羊を中心とした生業の共通性は、音楽文化にも顕著な共通性を産み出しています。

 このように多様な東ヨーロッパの民族音楽は、音楽特徴から三つに大きく分類できます。
 1. 西ヨーロッパの影響を強く受けたポーランド、チェコ
 2. トルコの侵入、その他の要因によって、東洋的な要素を持つスロバキア、ハンガリー、ルーマニア
 3. トルコの直接の支配下に、中近東の音楽の強い影響を受けたバルカン地方
   (ユーゴスラビア、アルバニア、ブルガリア、ギリシャ)

 チェコにおいて著しいのは、特にドイツの影響であり、
 またスロバキアの民族音楽や舞踊には、ハンガリーの影響が強くあらわれています。
 スロバキアの民族舞踊「チャルダーシュ」は、
 本来ハンガリーの民族舞踊だったものがスロバキアに入ったものです。

●音楽様式にあらわれた特徴
[音階] 
 現在の東ヨーロッパの音楽の音階は多様ですが、
 その古い層において支配的なのは、半音を含まない5音音階です。
 チェコやポーランド、ハンガリーでは、古い歌に属するものは、
 この5音音階によっていますが、のちのものには教会旋律的な7音音階が多いようです。
 チェコの民族音楽で最も一般的なのは、全音階的長音階であり、
 そこには、ドイツの影響が強く感じられます。
 またバルカン地方の音楽には、トルコの音階の影響が著しくあらわれています。

[ジャンル] 
 民族音楽のジャンルを、声楽のジャンルと楽器のそれに分けるなら、
 ポーランド、チェコなど東欧西部で優勢なのは、楽器のジャンル、
 バルカン地方を中心とする南部では、声楽のジャンルが優勢です。
 また、声楽のジャンルを叙情歌と叙事詩のジャンルにわけるとしたら、
 前者はどちらかといえば西スラブ(ポーランド、チェコ、スロバキア)からハンガリーにかけて、
 後者の伝統は、おもに南スラブ(ユーゴスラビア、ブルガリア)とアルバニアに保たれています。

●楽器
[管楽器]
○バグパイプ属
 東ヨーロッパに広く見られる管楽器としては、まずバグパイプがあげられます。
 バグパイプは、典型的な羊飼いの楽器であり、羊や山羊の皮袋で作られます。
 普通旋律管とドローン管(持続低音管)の2本を持ちますが、
 西スラブなどでは、ドローン管3本の3声のものが多いようです。
 バルカン地方からカルパティア山脈にいたる地域では、
 牧畜民の大規模な移動が行われていたこともあって、
 その名称は共通しているものが多く、
 最も一般的な名称は、おそらく擬声語に由来する ドゥデ [dude] (セルビア)、
 あるいはドウディ [dudy] (チェコ、スロバキア)です。
 また、ガイダ [gajda] という名称は、
 ブルガリア、セルビア、マケドニア、アルバニア、スロバキアに分布し、
 北部スロバキアのドローン管1本のものはシュトカ [sutka] と呼ばれています。
 東ヨーロッパのバグパイプは、一般に奏者が口から息を吹きいれる口吹き式のものが多いのですが、
 チェコなどではふいごつきのものがみられ、演奏しながら歌う場合もあります。

○縦笛属
 一般に牧童の用いる管楽器は、東ヨーロッパの民族楽器の重要な分野を占めています。
 縦笛でこれに属するものには、セルビア、ブルガリア、ルーマニアに知られている
 尺八に似たカヴァール [kaval]、セルビアのリコーダー系の笛フルーラ [frula]、
 クロアチアの双管の縦笛ドゥヴォイニツェ [dvojnice]、
 南ポーランドのアルプホルン型の木製楽器トロンパ [tromba]、
 あるいはトレンビータ [trembita]、
 中央ポーランドの小型縦笛リガフカ[ligawka]、
 北ポーランド・カシューブ族のバズヌィ、
 スロバキアのトロンビタ [trombita]、縦笛フヤラ [fujara] などがあります。
 カヴァール [kaval] は、ブルガリアのなかでも特にトラキア地方に特徴的な木製の縦笛で、
 セルビア、ルーマニアにも同様の楽器が同じ名称で見いだされます。
 ブルガリアなどでは、ペルシャ、アラビア系のナイと同様に斜めに構えて吹きます。
 ブルガリアでは、2人のカヴァール奏者が掛合いで交互に吹く、
 という演奏形式が見られますが、これは、セルビアのフルーラの演奏にも見ることができます。

○アルプホルン型
 南ポーランドからスロバキア、西ウクライナ、北ルーマニアのカルパティア山地では、
 木管に樹皮を巻いて作られる数メートルもの長さのアルプホルン型の木製楽器が分布しています。
 トレンビータ[trembita] あるいは トルンビータ [trumbita] と呼ばれているもので、
 モミ、またはマツを材として作られ、全長は1メートルから4メートルにも達します。
 カルパティアの山中では、羊飼いの重要な楽器であり、
 10キロ・メートル四方にまで響くといわれる音は、羊群管理のための信号としても用いられました。
 スロバキアのトレンビータ [trembita] は、2メートルから3メートルにも達し、
 ミザクラの樹皮で巻かれています。
 また、スロバキアの牧童の用いるフヤラ [fujara] は、
 リコーダー式の2メートルにもおよぶ木製楽器です。
 その名称は、カルパティアからバルカンにかけて居住し、
 移動牧畜を生業とするヴラフ人の言語から借用されたものです。
 南ポーランドでは、柳の樹皮で作った笛が同じ名称で呼ばれています。
 一般に南ポーランド、スロバキア東部のカルパティア山脈とバルカン山地では、
 牧童の用いる管楽器に名称、形態とも共通のものが多いのですが、
 フヤラの例が示唆するように、ヴラフ系の移住民の移動がその一つの原因と考えられます。
 このほか現在の民族音楽アンサンブルには、
 クラリネット、チューバなど本来の民族楽器ではない管楽器も重要な役割を果たしています。
 しかし、その奏法には民族楽器のそれが大きな影響を与えています。

[弦楽器]
○リュート属
 ヴァイオリンのような擦弦楽器は、中部ヨーロッパに知られており、
 とくに西スラブでは、民族楽器アンサンブルで重要な役割を果たしています。
 ヴァイオリンは、ポーランドでスクシプツェ [skrzypce]、
 チェコでホウスレ [housle] と呼ばれていますが、
 14世紀にこれらの名称で呼ばれていたのは、
 3弦のフレットのない擦弦楽器であり、
 元来スラブ固有の民族楽器から発達したものが、
 後に西欧のヴァイオリンの影響を受けて
 同化したのではないかと考えられています。
 ポーランドには、1弦の「悪魔のヴァイオリン」、
 5度で調弦される3弦の小型のヴァイオリンであるマザンカ [mazanka] などがあります。
 ちなみに、一般に東欧の民族音楽におけるヴァイオリン奏法には、
 ジプシーの影響が強くあらわれています。
 東欧におけるスラブ固有の弦楽器として興味深いのは、
 ポーランドのゲンシレ [gesle]、南スラブのグスラ [gusla] あるいは グスレ [gusle] です。
 これらの楽器の名称は、リュート属ばかりでなく、
 チター属の撥弦楽器であるロシアのグースリ [gusli]、
 さらにはフィンランドのカンテレ [kantele] とも共通の同一の語源に由来するもので、
 「弦楽器」をたんに意味していたものと思われます。
 ポーランドのポドハレ地方で用いられているゲンシレ [gesle] や
 スロバキアのフスレ[husle] は、4〜5弦の擦弦楽器であるし、
 同語源のチェコ語のホウスレはヴァイオリンを意味します。
 また、南スラブのグスラあるいはグスレも、ウマの毛束で作った1〜2本の弦を持つ擦弦楽器です。
 興味深いのは、セルビアのグスラが現在にいたるまで、
 英雄叙事詩の伴奏に用いられていることで、
 このためセルビアの叙事詩人は、グスラール [guslar] と呼ばれますが、
 ロシアのグースリが同様に叙事詩ブイリーナの伴奏に用いられていたことと比較すると、
 弦楽器の伴奏で叙事詩を吟唱するという演奏形式は、
 かつてスラブ共通のものであったことが推測されます。
 歴史的研究によれば、13世紀までは、東ヨーロッパには擦弦楽器は知られていなかったようで、
 この古代スラブの叙事詩人が用いていた楽器は、おそらく撥弦楽器でした。
 南スラブのグスラ、あるいはグスレは、おそらく トルコ人のバルカン半島への侵入後、
 西アジア系の擦弦楽器の影響下に現れたものであると思われます。
 同じリュート属でも、撥弦楽器のタンブーラ [tambura] やタンブリツァ [tamburica] は、
 南スラブに一般的に分布している弦楽器で、ブルガリアのタンブーラはふつう2弦、
 クロアチアのタンブリツァは、4弦か6弦です。
 名称からも推測されますが、西アジアのタンブール [tambur] に由来するものです。
 ルーマニア、およびハンガリーなどでは、
 梨型の胴と短い首をもった4弦の撥弦楽器コブザ [cobza] (ルーマニア)、
 コボズ [koboz] (ハンガリー)が知られています。この楽器の名称は、
 中近東、とくにトルコのリュート型撥弦楽器クーブーズ [qubuz] に由来すると考えられます。